10年日記

私の日記帳(というか、出来事記録帳)は、日本でも売っている10年日記帳。
読書好きな義母さんがプレゼントしてくれたものだ。
1993年からつけていて、2000年に改めて新しく1冊をスタートさせた。
1月1日と開けば、10年分の1月1日が縦に並んでいて、ひと目で昨年の今日、一昨年の今日と10年分が見られる。
だから、日記をつけていると、昨年の今頃はどうしていたとひと目でわかる。
昨年を振り返ると、クリスマスから年末年始、ハラハラしどうしだった。
「採血して、また明日輸血しに病院へ行く。」
「夏樹の入院の間、頼まれた買い物リストを片手に買いに行く」などなど……。
もしも、家族全員があのまま日本にいたら、2004年の夏から2005年2月28日まで、夏樹はずっと入院していただろう。
採血の結果は、極度の貧血で医者がとても退院させてくれる数値ではなく、輸血、輸血の連続だっただろう。
ずっと病院で生かされて、子供達ともあまり会えずにいただろう。
最期のクオリティー・オブ・ライフもなかっただろう……。
夏樹は自分の意志でハワイに引越し、身体が辛くても家族の一員でいられたからこそ、部屋の隅で寝ていても、生活の音が心地良く感じられたのだと思う。
最期までこのような環境が与えられて、本当に恵まれていたと、一年経ってつくづく感じる。
夏樹は、まだまだこの世でやることがあったのに逝ってしまった。
でも、幸せな天国行きだったな。
ちょっとたまった日記帳を書きながら、そんなことを思ってしまった。

飯島寛子

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コメント

こんばんは!

ハワイのお宅での飯島家のご様子、テレビで拝見させていただきました。
寛子さんの作ったご飯(確か、プレートにお粥とか何品か乗ってましたね)の、スープを夏樹さんが「美味しい・・・」とおっしゃったのが印象的でした。
ほんとに、心から美味しいと、感激されていらしたようで、もし、テレビのクルーがいなかったら、寛子さんに美味しいよとおっしゃったのではないかなと思いました。
それと、お子さんを、いつもどうりという感じで、しつけをなさっていました。
最後まで、いつもの家族、一家団欒の中で過ごせた事が、夏樹さんにとって、一番の幸せだったのではないのでしょうか。
しかも、大好きなハワイで。
窓から海風が入る、すてきな部屋で。

投稿者: sachi (2006/03/23 19:50:14)

寛子さん、いっぱいがんばっているのだから、泣きたいときは、泣いてください、人に、会えない時は、無理に会おうとせず休んでくださいね。

寛子さんの悲しみや、苦しみは寛子さんにしか分からないのだもの。
夏樹さんのこと、忘れませんよ・・テレビでしか、ほんの一部でしか、私たちは、夏樹さんの事を知らないけれど、たくさんたくさん、勇気をもらいましたもの!

寛子さん、ゆっくり休んで下さいね。

投稿者: 祐子 (2006/03/23 14:53:35)

少し、しんどいですか、寛子さん。
呆然とした中での無我夢中の日々が少し落ち着くと、様々なことに実感が伴って、なんていうか感覚がよみがえってきて、しんどいことってありますよね。
そんな日は、無理することなく泣いてもいいと思います。
前を向いて歩けるように、振り返って休む時間があってもいいと思います。
日記に残した残酷なことも優しい時間もすべて、家族の歩んだ歴史だから、これからも大切になさってくださいね。
寛子さんのこと、応援しています。
夏樹さんも、ずっと見守ってくださっていると思いますよ☆

投稿者: Aiko (2006/03/23 3:17:02)

神様がイエス様が皆さんご家族を守ってくださいます。
どうぞ、なんの思いわずらいもなく安心して毎日を送ってください。
夏樹さんは今はイエス様のところで痛みも憂うこともなく天国で過ごされていることと思います。
生き急ぐことはありませんが、天国で夏樹さんと会うのを楽しみに。
いつもイエス様の恵みに生かされていることを思ってお祈りしています。

投稿者: ここ (2006/03/21 17:22:07)

寛子さん、おはようございます!「幸せな天国行きだった」そんなふうに天国に旅立てる人って少ないですよね?棺の中の夏樹さんの笑顔思い出して、私もそう思いますよ。私も日記つけようっかなぁ~って思ってしまいました。
ハワイの今日の天気はどうですか?私の住んでいる北海道、旭川市は今日も吹雪いています (*_*)

投稿者: vavi (2006/03/21 8:31:22)

こんばんは。はじめまして。
テレビで夏樹さん家族を知ってから、ずっと気になってました。というのも、私の父も、夏樹さんと同じ病で、現在自宅療養中。離れて暮らしてるので、私はただ様子を家族に聞くだけなのですが。ハラハラしたり、ちょっと落ち着いてはホッとしたり、が続いています。
こちらのサイトを読むようになったのも、そんなきっかけからだったのですが、寛子さんが日常の等身大の気持ちをそのまま書き綴ってるのを読むようになって、父のこととは離れて、私自身のことで、寛子さんの素直な気持ちを読み、いつも心が少し軽くなってます。気持ちの浮き沈み、私もあります。ふさぎこんだ時には、ずっとこのまま沈んだままなのでは?と不安になったり、気持ちが晴れた時には、もう平気、今度こそ平気って思えるぐらいになったり。そんな時、いつまでたってもこんなのを繰り返すのは私だけなのでは?とまた不安になったりしてます。寛子さんが、反省したりするのを読み、事情はそれぞれ違うにせよ、辛いことは辛いし、思い悩むのはみな同じなのかも、、、と、不安が和らぎ、このサイトで力をもらっています。
先日、気持ちがふさいでるはずの頃の写真を見て、自分でも不思議というか意外だったのですが、写真の中で笑ってる自分が、けっこう晴れ晴れとしてるんです。もう心から笑うことなんて無い、と思ってるのに、心の底からとまではいかないものの、思ってる以上に笑えてる。心の中はぐちゃぐちゃなのに、
一瞬、一瞬でも、笑えてる自分がいるんだってことを発見して最近、無理やりでなく、自然と少し前を向けるようになった気がします。でも、ふさぎこむことはあります(笑)。
また、おじゃまします。東京は今日も風が吹き荒れてました。

投稿者: エイコ (2006/03/21 1:18:57)

テレビでハワイでの生活を拝見しました。外から海の気持ちよい風が入ってきそうないちばんいい場所に夏樹さんのベッドがありました。
で、足元にソファがあって、そこにコナツちゃん・ゴローくん・ヒロくん・タマキくん…みんなが集まってきていましたよね。

日本からハワイへ…悩んだ末の決断だったと思います。でも、ハワイから更新される夏樹さんのブログを拝見していると、日本を立つときの空港での姿からは想像できないくらい元気そうでしたよね。

入院生活・治療・安静…そういうものでは発揮されない、別のチカラが人間にはあるんだなと感じました。
幸せな天国行き…それは、夏樹さんはもちろん、寛子さんやお子さんたちが頑張ったから手に入れられた切符だったんでしょうね。。。

投稿者: スマイル (2006/03/20 20:21:30)

「幸せな天国行きだった」。。ステキな響きですね。私は今、一人暮らしの母親のめんどうを看ているのですが、何かとストレスが溜まってきています。 介護生活ってホントに疲れます。でも、たった一人の親だし、できるだけの事はして後悔のない別れができるようにしようと、気持ちを切り替えて接するようにしようと考えていたところでした。
明日からの介護生活。。又、頑張れそうです。 

投稿者: ひかり (2006/03/20 19:59:20)

「幸せな天国行きだった」
その一言は、全てを癒してくれました。
夏樹さんが、あの笑顔で喜ばれているように感じます。
拝見していて、本とにそうだったと思いますし私もそういう一生を送りたい。送らせてあげたいと思います。
笑いながら一時のさよならなんて、あるはずがありませんが、『あれで一番良かった』という肯定から全ての景色が輝くように思います。
私は、介護生活24年になります。
どんな状況で「ではまたね」になろうと、私も『幸せだった』といってあげたいと思います。
それが勝利宣言だと思うから。

投稿者: アカネ (2006/03/20 17:32:14)

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