エマージェンシー!

夕方、ヒロがスクーター(日本でいうキックボード)で、顔から転んで左手をつき骨折した。
救急で病院へ行ったが、これがエマージェンシーかと疑問に思うくらい待たされる。結局、終了まで3時間半もかかってしまった。

受付でサインをしてから待合室で待ち、それから名前が呼ばれて、身長、体重、血圧を測定、ケガの状況を説明した。すぐに仮の固定具をしてくれて、また待合室に戻る。そして、また受付に呼ばれ、保険証を見せて、IDを見せて、書類にサイン。そして、またまた待合室へ。その後、ようやく名前が呼ばれ診察室へ入った。

ドクターの問診を受け、それからまた別のドクターが来て、X線をとるから痛み止めを飲ませるという。
「空腹でも大丈夫ですか?」と聞くと、「ちょっと待って、スナックあげるから」とドクターが、付き添いに来ているゴロウを手招きし、Alohaの缶のグアバジュースとハニーグラハムクラッカーを3つずつ手渡した。
待っている間に3人でつまんだが、うーん、なんて優しいドクターなんだ……。

しばらくすると、ドクターが大きな錠剤4つの痛み止めを持ってきた。一粒一粒ゴクリゴクリと飲むヒロ。
それを見たゴロウが、「僕、もっと大きい薬飲んだことあるよ。サメの軟骨」といきなり言い出した。

「えっ? 何だって?」
「だって、パパが飲んでいるとき、『これ、何?』って聞いたら、『サメの軟骨!』って言って、
『じゃあ、ゴロウも飲むか~』って言ったんだ。だからパパから5回くらい貰って飲んだことある」
まったくパパったら、子供にサメの軟骨飲ませて~、今まで全然知らなかったよ。
ひとしきりそのことで笑ってしまった……。

で、X線の結果は、やはり手首の辺り(詳しくはUlnaとRadius)の骨折。
仮のギブスをつけることになったが、このギブスが実にカラフル。何種類かの中から、ヒロはグリーンを選んだ。だが、翌日整形外科に行き、本物のギブスをつけることになり、ここでは赤を選んだ。理由は「赤は女の子にもてる」というドクターのひと言だった。
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早速、ゴロウとコナツがヒロのギブスに『Get well』とマジックで書いていた。

飯島寛子

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ぎりぎりの綱渡り

今、世の中でブログが流行り、多くの一般の方々が日記を綴って公開している。
17年前の結婚してから5年間、ウィンドサーフィンの専門誌に「飯島夏樹の生活日誌」と題された連載させて頂いていた。
これがなかなか好評だったが、公開日記という意味ではまさにブログ。
最近それを日々読み返し、色々なことを思い出す。

始めるにあたって、編集ライターの方から「夏樹は何か異常なものをかかえているから、日記に書いてすっきりしてみないか?」との提案を受けた。
夏樹は電話嫌いだったが、読書と手紙そして文章を綴る事は大好きで、文章だと言いたい事が言えると、張り切って5年間続けた。
夏樹が現役プロウィンドサーファーだった頃、何かのインタビューで「ぎりぎりの綱渡りなんです」と言っていたのを思い出す。
何がかというと、経済的にだったが、今思うと精神的にもそうだったと思う。
経済的には、何社かのスポンサー収入をいただき、その中から自分達でやりくりしワールドカップ遠征をしていた。
旅費だけならともかく、F1のように道具にかける費用も旅費並みであった。
スポンサーさんのメーカーのプロトタイプのものだけでなく、自分でお金を出してスペシャルのカスタムボードを作ってもらったり、細かなギアにも投資した。
ざっと見積もっても、旅と道具で最低600万円は必要。それに加えて生活費。かけた分戻ってくるのは、名誉だった。そして、賞金はいつも食費程度だった。
日本国内の大会だったら、スポンサーさんから遠征費が出て、賞金も海外よりもはるかに良いから、きっと蓄えもできただろう。
でも、夏樹は「それではダメだ」と、ひらすら海外に突き進んでいった。20代前半の若さゆえだったが、休む暇なく頑張り続けていた。
「何が彼をそうさせるのか?」と驚いていたが、考える間もなく次から次へと追い立てられるように、目標の予定はいっぱいになっていった。

だが、それはただ自己実現の為だった。「凄い!」と人から思われたいというハングリー精神でもあった。
心臓に毛が生えているのかと、夏樹をたくましく思っていたが、「ぎりぎりの綱渡りです」の意味の奥に隠れた様々な思いに、当時は気づかなかった。

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飯島寛子

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